鮮度0%(ゼロパー)

ネタに鮮度は無くても、借り物ではない自分の言葉を書き尽くす事 これがモットーなり

ネット世界での振る舞い 相手が見えないからこそ自分には真正面で向き合いたい

こんばんは、「さるびー」です。

リアルな世界とネット世界。この世界には隔たりがあっていいのだろうか。それぞれの世界に身を置く際、どのように振舞えばいいのかを考える人もいらっしゃるはず。ちなみに僕自身は、この問題に関しては答えがでてます。なにしろモットーが

借り物ではない自分の言葉で書き尽くす事

なんで、リアルな自分とネットの自分は同じであるべきと。さて、そのリアルの世界での自分ですが接している方からは

「真面目ですね」

なんて言われたりします。そんな事もあってかブログ記事を読んだ方の中には

「文章が固いかな」

なんて事をおっしゃる方も。この「真面目」という評価。リアルの世界では本来褒めている言葉のはず。なのにネットでは、「面白味がない」などといったそうとも言えない言葉ともとれたりします。

リアルとネットの世界観

リアルの世界で真面目で褒められる事が、ネットでは固いと思われがちになるその世界観の違いとは何なのか。改めてネット世界の特性を考えてみると

  • 匿名性がある
  • 真面目=オーソドックスより型破り=目立つが好まれる
  • 対面コミュニケーションではない

ってことが挙げられるかと。これらによっていずれもリアルな自分より

大胆になりがち

ってことはあるはず。ただですね。僕はその世界の入り口はそのように見えても、つくづく中の世界はそうでない...というかそうあるべきでないと思うわけです。

ところで、某政党首の話

国籍問題でゆれる某党首。若い頃にタレントで、その後政治家へ転身した彼女。そのタレント時代の発言が問題となってますね。タレント時代と政治家の彼女のどちらが本物か?どちらも本物か?...ホントのところはわかりません。ただ立場やキャラクターが変われば当然

言ってることも変わる

ってのは仕方ないこと。いや、この変化ってのは時間の流れによる進化とも言えるので悪い事ばかりではないですよね。ただ彼女の場合で残念だなと思うのは

その時その時の立場やキャラクターを考えて嘘をついて取り繕う

ってのがなんだかなぁ~と思いますが。

考えや主張は変わるのは当然、でも嘘はいかんでしょって

ことです。

で、再度ネットの世界

について考えてみる。無理に嘘の自分でネットの世界を生きるべきではないと思ってます。価値観などが変わるのは仕方がないものの、変わってもないのに無理に作ることはないでしょ。

時を経て変わった自分がみたその嘘。真実でさえ恥ずかしく思うこともあるのに、嘘ならそれプラス後悔ってのも付きまといがちです。

「リアルな世界でも一緒だろうって?」

確かにその通り。でもリアルでは人は忘れてくれても、ネットってのは全世界に配信した後だけにどこかに残骸が残ってしまう場合があるんで怖い。だからこそ

ネットこそ後悔なきようありままであるべき

ではないでしょうか。