鮮度0%(ゼロパー)

ネタに鮮度は無くても、借り物ではない自分の言葉を書き尽くす事 これがモットーなり

ヘッドラインで全てがわかるニュースとわかりえないニュースがあるはず

こんばんは、「さるびー」です。

舞い込んできました嬉しいニュース。それはエントリーしてた「第7回大阪マラソン」見事に当選との知らせ。11月26日(日)がレース当日なんですが、実はその前週11月19日の神戸マラソンも当選とのこと。

『いや~ついてます。』

さすがに2週連続のマラソン出走は厳しいんで、大阪一本勝負かな(^_^;)。

さてそんなマラソンネタをしたいわけではなく、まずは

抽選結果のお知らせにまつわる話から。

この当選を伝えてくれた抽選結果の知らせは、メールだったわけですがそのメールに感じた複雑な思い。それはメールの件名が

『第7回大阪マラソン 抽選結果(当選)のお知らせ』

だったこと。これ見て違和感を持つ方はいないですかね?...では昨年の抽選結果のメール件名だった

『第6回大阪マラソン 抽選結果(落選)のお知らせ』

これはどうでしょうか?

いやこれね...昨年実際これで、メールを開封する前に終わった感覚っていったらなかったですよぉ。で思ったわけです。ニュースって早く伝達すりゃ~いいってもんだけでないって事を。

ヘッドラインニュース天国

さて6月11日付「産経新聞」オピニオン欄に投資家「山本一郎」氏のコラムに展開されていたニュースについて面白い論議。

www.sankei.com

事実関係だけの生煮えの状態でヘッドライン(大見出し)勝負するニュースの在り方は、文字通り情報の消費にすぎないのではないか 

スクープを追いかけるばかりで一つのニュースを見出しだけで伝えようと躍起になっている事への警笛ですね。ネット社会になりニュースを「読む」から「見る」へ変化することで、よりヘッドラインニュース傾向が強くなった...そう感じる人も多いかと。

ブログにおいても、いかに目に留まるタイトルをつけるか、見出しをつけるか...ニュースだけでなくヘッドライン重視が続き、見る側もそんな記事を渡り歩くような日々。

生煮えの新しいニュースの一遍を伝えるだけでなく、

『そのニュースを掘り起こし全貌を洗い出しそこから見えてきたものを伝える』

これが報道の本来の役目ではないかとの氏の提言には納得させられます。ヘッドライン天国の情報洪水状態がなんだかなぁって思っていた昨今、これができれば、

まだまだネットの情報発信って捨てたもんじゃないはず。

「鮮度0%(ゼロパー)」とつけたブログタイトルの漠然とした思いを、氏には素晴らしいアカデミックに表現いただき感服。新しい情報でなくとも、深掘りした事が書ければまだまだやれるはず!

...あくまでも、それができればですが(^_^;)